2007年10月24日

No.07 「傷だらけの人生」鶴田浩二



「傷だらけの人生」鶴田浩二

本物の仁侠も認めた男の中の男!
鶴田浩二、芸能史に残る伝説の名曲!

俳優・鶴田浩二が亡くなって、今年20年が経つ(1987年6月16日没)。

没後20年という節目にも関わらず、特に催しがあるわけでも、マスコミが特集を組む様子もなかった。石原裕次郎ほどではなくても、戦後を代表する大スター・鶴田をもう少し、クローズアップしてもよかろうと思うのだが…。
ならば、おこがましくも筆者が取り上げよう。



鶴田浩二は1948年、松竹デビューし、その後フリーになり、1950年代後半からは東映専属。

1963年、『人生劇場・飛車角』の大ヒットから、東映の任侠路線が始まる。以後、高倉健、池部良、若山富三郎らと任侠映画を量産していく。時代劇不振で傾いていた東映を救うきっかけを作ったのが鶴田浩二と言えるのかもしれない。

そんな鶴田は歌手としても一時代を築いた。『街のサンドイッチマン』『赤と黒のブルース』とヒット曲があるが、なんといっても彼のイメージを定着したのは

1970年の
『傷だらけの人生』だ。




任侠イメージそのままの着流しに身を包みで、左手で左の耳を覆い(左耳は難聴だったからという)、ハンカチを添えてマイクを持ち歌うスタイルは一世を風靡した。

「古いヤツだとお思いでしょうが…(中略)今の世の中、右も左も、真っ暗闇じゃございませんか」

の台詞は流行語になり、物真似もされ、同名の映画にもなった。


歌を聴くと、確かにヤクザ者の視点で語られているが、
「荒れた世の中を憂う」というテーマは、ヤクザでなくても誰でもが共感する内容だ。だからこそヒットに繋がったとも言える。この歌が発表された頃よりさらに荒廃した今、再び充分に受ける要素を持った楽曲のような気がする。

学徒出陣で
海軍航空隊に入隊したことが、後の生き方に大きく影響し、国を思う心は俳優になってからも変わることはなく、その考えが、任侠映画や、この『傷だらけの人生』にも反映されていたといえるだろう。
posted by チャンネルナックルズ at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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