2007年10月01日

No.1 「手紙」岡林信康


封印された昭和のお宝歌謡を発掘!

注目の第一回は!!

『手紙』岡林信康

『手紙』 岡林信康

いわゆる“放送禁止歌”を代表する楽曲として知られてきたのが岡林信康の『手紙』である。



民放連の
『要注意歌謡曲』では(絶対に)放送しない、という一番厳しいAランク指定であった。要注意歌謡曲は1988年、廃止され効力を失うが、その後も同曲は、放送でかかることはない。

『手紙』のどこが、放送に適さないのだろうか。歌の内容は、婚約を約束した相手に、身を引くことを切々と語ったものだ。一説には、実話で、女性の遺書から引用された詞であると言われている。縁談がうまくいかないのは、男性の家族に反対されたから。男性の家は有名な老舗。そんな名家の嫁に、彼女は相応しくないと、周囲から猛反対される。反対の理由は、


女性が被差別部落出身者だったからだ。

歌詞中には、具体的には「部落」という言葉は1回しか使われていない。だが、このひと言が大きかった。岡林の『手紙』はいつのまにか、放禁の王様になってしまった。そんな「絶対、放送ではかけてはいけない伝説」を破ったのが1999年、フジテレビのTVドキュメント『NOFIX 放送禁止歌 唄っているのは誰? 規制するのは誰?」。番組のエンディングで、『手紙』をフルコーラス流し、一部業界で大評判となった。番組ディレクターの森達也は、番組を元に2000年に書籍『放送禁止歌』を上梓。番組でも書籍でも明らかにしたのは、『手紙』を初め、被差別部落の人々を描いたといわれる


『チューリップのアップリケ』『竹田の子守唄』などにも解同側は一度も抗議したことはない、

ということだった。

それじゃあマスコミが勝手に自主規制しただけだったのか…なんて単純なことでもない。1970年初頭から激しく行われた解同のマスコミ糾弾が、(情けないが)マスコミを萎縮させてしまったことも否めないのである。

さて、森達也の番組と書籍を境に『手紙』は自由になったのか?答えはである。2007年7月22日、筆者の書籍『封印歌謡大全』を元にTBSラジオが番組化した。その中で『手紙』をかけた筆者は後にTBS上層部が番組オンエア前に解同に「明日の放送で『手紙』をかけます」と事前報告したことを聞いた。

既にCD復刻され市販もされている楽曲を、ただ放送するというだけで、この騒ぎ。聴きながらビクビク辺りをうかがい、音楽として楽しむことができない『手紙』にしたのは誰だ。そして、「歌はいったい誰のものなのだ…」とにかく、これが現実なのである。

posted by チャンネルナックルズ at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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