
『さだめのように川は流れる』
杏 真理子 後編
杏真理子を殺害した犯人タネヨシ・ミギタは他にも射殺事件を巻き起こした札つきの悪党だった。
(1981年11月28日 読売新聞より)
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杏は恋人に殺されたのだ。阿久悠が大いなる自信を持って書いた1971年『さだめ〜』は、しかし全くの不発だった。それから3年後。阿久は新聞の小さな三面記事に杏の名を発見する。
しかもその名は
殺人事件の被害者
として紹介されていたのだった。
本名・佐藤真理子こと杏真理子は、アメリカでウエイトレスをしながら暮らしていた。日本では夢破れた杏だったが、もう一度、歌手への道を模索していたのかも知れない。だが、その夢を打ち砕いたのは、元恋人のハーフ・ミギタだった。ミギタと杏は三沢で知り合っていた。ただし、ミギタは希代の悪だった。
何度も逮捕されていたミギタは札付きの不良外人として当局のブラックリストに挙げられていた人物なのである。
そんなミギタは、杏が芸能界に入ったと知るや、「金の無心」に現れ、トラブル続きだったとも伝えられる。
その後、芸能界を引退した杏はアメリカに渡るのだが、ミギタとは切れていたかどうかは不明。しつこくミギタは杏を追って行ったのかも知れない。享年25歳。歌手復活もあり得ただろうに、杏は身勝手な男に、夢どころか命まで断たれたのであった。


あまりこういうのを出すことはしないほうが・・
http://okwave.jp/qa2653102.html
ただ、デビゥー前の彼女の写真は今も大切に持ってます。
当時はラジオをつければ常時デビュー曲「さだめのように川は流れる」が流されていると言うものすごく強烈なキャンペーンを張って大型新人として期待されていましたが、小柳るみ子の「私の城下町」がヒットし始めてきたため、急遽キャンペーンが中止され、小柳るみ子のキャンペーンと交代してしまいました。